エコ・イノベーション最前線

大気中のCO2直接回収(DAC)の最前線:技術、倫理、企業戦略への組み込み

Tags: DAC, CO2回収, 脱炭素, サステナビリティ戦略, 気候変動対策

はじめに:なぜ今、大気中のCO2直接回収(DAC)に注目すべきか

企業のサステナビリティ推進担当者の皆様にとって、温室効果ガス排出量の削減は喫緊の課題であり、経営戦略の中心に据えられています。排出量削減努力に加え、産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるという国際的な目標達成のためには、大気中の既存の二酸化炭素(CO2)を除去するネガティブエミッション技術の重要性が増しています。その中でも特に注目を集めているのが、大気中のCO2を直接回収する「DAC(Direct Air Capture)」技術です。

DACは、工場や発電所といった排出源からではなく、空気中から直接CO2を分離・回収する技術です。これにより、地理的な制約を受けずに設置が可能であり、産業活動や移動体など、直接的な排出削減が難しい領域のCO2排出量を相殺する可能性を秘めています。しかし、 DAC技術はまだ発展途上であり、技術的な課題に加え、倫理的・社会的な論点や、企業のサステナビリティ戦略にどう位置づけるべきかといった検討すべき事項が多く存在します。

本稿では、DAC技術の最前線について、その技術的な概要から、企業が直面しうる倫理的課題、そしてサステナビリティ戦略へどのように組み込んでいくべきかについて掘り下げていきます。

DAC技術の概要と最新動向

DAC技術は、大きく分けて2つの主要な方式があります。

  1. 固体吸着材を用いる方式 (Solid DAC): 特殊な固体吸着材を用いて、空気中のCO2を物理的または化学的に吸着させます。吸着材にCO2が飽和した後、加熱や圧力の変化によってCO2を分離・回収します。比較的低温でのプロセスが可能ですが、吸着材の耐久性や再生効率が課題となることがあります。スイスのクライムワークス(Climeworks)などがこの方式を採用しており、アイスランドでは回収したCO2を地下に圧入し鉱物化するプロジェクト「Orca」が稼働しています。
  2. 液体吸収材を用いる方式 (Liquid DAC): 水酸化ナトリウムなどの液体吸収材を用いて、空気中のCO2を化学的に吸収させます。吸収材がCO2を捕捉した後、高温加熱などのプロセスを経てCO2を分離・回収します。大規模化に適しているとされますが、高温プロセスに伴うエネルギー消費が大きいことや、吸収材の管理が課題となります。カナダのカーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering、現在はオクシデンタル・ペトロリアム傘下)などがこの方式を開発しています。

これらの技術は、それぞれ研究開発が進められており、回収コストの低減、エネルギー効率の向上、設備のスケーラビリティ拡大などが焦点となっています。近年では、政府からの支援や民間投資も活発化しており、大規模プラントの建設計画も進んでいます。

DACにおける倫理的・社会的な側面と課題

DACは気候変動対策の強力なツールとなりうる一方で、いくつかの倫理的・社会的な論点が指摘されています。企業のサステナビリティ担当者としては、これらの課題を十分に理解し、ステークホルダーに対して透明性を持って説明していく必要があります。

企業のDAC活用事例とサステナビリティ戦略への組み込み可能性

現時点では、DACはまだ黎明期の技術であり、企業による大規模な導入事例は限られています。しかし、いくつかの先進的な企業が、将来のサステナビリティ目標達成に向けた選択肢としてDACを検討、あるいは投資を開始しています。

例えば、一部のテクノロジー企業は、自社の事業活動に伴う過去または将来の排出量を相殺するため、DAC事業者からCO2除去クレジットを購入する契約を結んでいます。これは、スコープ1、2、3排出量のうち、削減が極めて困難な部分に対して、ネガティブエミッションによるオフセットを適用するアプローチと言えます。

また、化学メーカーや燃料メーカーなどが、回収したCO2を自社の製品製造プロセスに組み込むCCUと連携したDAC導入を検討するケースもあります。これにより、製品のライフサイクル全体でのカーボンフットプリント削減を目指します。

DACを企業のサステナビリティ戦略に組み込む際には、以下の点を考慮することが重要です。

結論:DACの展望と企業への示唆

大気中のCO2直接回収(DAC)技術は、気候変動対策におけるネガティブエミッションの重要な選択肢として、技術開発が進められています。しかし、実用化と普及にはまだ多くの課題があり、特に倫理的・社会的な側面への配慮が不可欠です。

企業のサステナビリティ担当者としては、DACを魔法の解決策と見なすのではなく、自社の排出削減努力を最大化することを最優先としつつ、補完的な手段としてDACの可能性を冷静に評価することが求められます。技術動向、コスト、倫理的課題、社会受容性などを継続的にモニタリングし、自社のサステナビリティ戦略との整合性を図りながら、導入の是非や規模を検討していく段階と言えます。

DAC技術が成熟し、再生可能エネルギーとの組み合わせが確立され、コストが低減されるにつれて、企業の脱炭素戦略における役割は増していく可能性があります。ステークホルダーとの対話を通じて透明性を確保し、責任ある形でDACの可能性を探ることが、今後の企業のサステナビリティ経営において重要になるでしょう。